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仙台地方裁判所 昭和34年(ワ)433号 判決 1961年11月01日

原告 一条繁

被告 伊具タクシー有限会社

主文

被告会社の昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の決議を取消す。

被告会杜が、昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の決議に基き、同年八月八日資本の総額金二万三千円を金五十万円とした資本の増加を無効とする。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその一原告、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨並びに被告会社が昭和三十五年二月十九日行つた臨時社員総会の決議を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求原因として、

一、被告会社は、

(イ)  昭和三十四年七月二十三日午後一時から角田市角田字町二百五十二番地大木文男方において臨時社員総会を開催し、「被告会社の資本金を四十七万七千円増加し、資本の総額を金五十万円とする。その増加方法及び失権口数の引受等に関する事項は取締役会に一任する。資本増加に伴い定款の一部を改正する。」との決議をし、

(ロ)  昭和三十五年二月十九日午後一時三十分から、仙台市片平丁六十九番地の八佐藤政治郎方において、臨時社員総会を開催し、「有限会社法の改正に基き定款の一部を変更する。」との決議をした。

二、被告会社の資本の総額は金二万三千円であり、出資一口の金額は金百円であるから、議決権の総数は二百三十個であるところ、原告は被告会社の設立当初から九十二口の持分を有している外、昭和十九年十月二十日訴外須郷軍二から同人の有する六十五口の持分を譲受けたので、合計百五十七個の議決権を有している。

三、被告会社が前記のような定款変更の決議をするためには総社員の過半数が出席し、総社員の議決権の四分の三以上を有する者の同意を得ることが必要であるが、原告は右各決議に同意しなかつたのであるから、右各決議は有限会社法第四十八条の特別決議の要件を欠いたものであつて、取消を免れない。

四、また有限会社法第五十一条によれば、同法第四十九条、第五十条の決議により別段の定めがなされない限り、有限会社の社員は増加する資本につき、その有する持分に応じて出資の引受をなす権利を有するものであるところ、この点を無視して、増加する資本の割当を取締役会の決議に一任した前記(イ)の決議は、この点でも違法であり、違法でないとしても著しく不公正であるから取消を免れない。

五、被告会社は前記(イ)の決議に基き資本増加をなし、昭和三十四年八月八日資本増加の登記手続をしたが、右決議は上述のとおり瑕疵があり取消さるべきものであるから、右資本増加は無効とすべきものである。よつて本訴請求に及んだと述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

請求原因一、の事実はすべて認める。

同二、の事実中原告が昭和十九年十月二十日須郷軍二の持分六十五口を譲り受けたことは否認するがその余は認める。大木文男が昭和三十三年四月七日須郷軍二の持分六十五口を譲り受け昭和三十四年三月十七日社員名簿にその旨の記載を受けた。また被告会社は昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の決議に基き、原告を除く各社員がそれぞれ増加した資本の引受払込をしたうえ、同年八月八日増資の登記を了えたから、昭和三十五年二月十九日の臨時社員総会当時の資本は金五十万円であり、議決権の総数は五千個である。そして右総会において、賛成四千九百八個、反対九十二個で決議がなされたのであるから、決議は有効である。

同三、の事実中、原告が右各決議にいずれも同意しなかつたことは認める。

同四、の主張は全部争う。有限会社法第四十九条、第五十条の決議により特別の定めをしない限り社員は原則として増加する資本につきその持分に応じ出資の引受をなす権利を有しているのではあるが、各社員に対する割当払込の時期、方法まで具体的に社員総会において決議することは要求されていないのであるから、これらの事項を取締役会に一任するとの決議は許されるものである。

同五、の事実中、被告会社が昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の決議に基き増資をなし、昭和三十四年八月八日資本増加の登記手続をしたことは認める。

と述べ、

抗弁として、

一、資本を増加するには、増資決議、割当、引受、払込、登記等多数の行為の連鎖から成る手続を要するのであつて、増資決議に瑕疵がある場合においても、増資の効力発生後には、増資決議の瑕疵を主張しその取消を求める訴は増資無効の訴に吸収されるから増資無効の訴によつてのみその瑕疵を主張することができ、もはや増資決議取消のみを訴求することはできない。然るに、被告会社は、昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会において資本を金五十万円に増加する決議をなし、その翌日取締役会を開いて出資の割当をし、社員大木文男らがこれを引受け、直ちに払込み、昭和三十四年八月八日増資による資本総額の変更登記を了えたのであるから、もはや増資決議取消は訴求できない。

原告訴訟代理人は、増資決議取消の訴には増資無効の訴をも当然包含しているから、増資手続完了した場合には、当然増資無効の訴に変形してゆくものである旨主張するけれども、増資決議取消の訴と増資無効の訴とはその原因、出訴期間、判決の効力等すべて異るのであるから右主張は理由がない。増資決議の訴の係属中増資の効力が発生した場合、六ケ月の出訴期間中は訴を変更して増資無効の訴に切替えることはできるが、決議取消の訴が当然に増資無効の訴に変形してゆくとする理由はないから、出訴期間中に訴を変更しないときは増資の効力が確定し、その無効を訴求することはできない。本件において原告は、法定出訴期間を徒過した昭和三十六年七月二十四日請求の趣旨を拡張し増資無効の判決を求めたのであるから、右訴は不適法である。被告会社の増資の効力は確定し、もはやその効力を争うことができなくなつたから、増資の決議取消を訴求する利益がないから、本件決議取消の訴は訴の利益がないものとして却下せらるべきである。

二、原告は、昭和三十四年七月二十三日なされた増資の決議につき特別利害関係を有するから、その議決権を行使できない。即ち、原告は、被告会社の設立当初から代表取締役の地位にあつたのをよいことにして、会社の運営をすべて独断専行し、会社財産を私物視して個人営業の如く運営し、社員からの再三の総会招集の要請も無視し、ついには被告会社をひそかに第三者に売却しようとするに至つたので、昭和三十三年八月社員から総会招集の許可申請が裁判所になされ、その許可による社員総会において、原告に代り訴外大木文男が代表取締役に就任することとなつた。ところが原告は、被告会社の帳簿一切を右大木に引渡さないし、また原告は取締役として在任中の任務懈怠により被告会社に金四十万円の損害を与えていたことが判つた。右理由により被告会社は、原告に対し仙台地方裁判所に帳簿類引渡等請求の訴(同庁昭和三十四年(ワ)第一八二号)を提起し現在審理係属中である。しかして被告会社においては大木文男が代表取締役に就任した後、社員総会や取締役会を屡々開催し、従来の放漫なやり方を改めて会社の運営を円滑に推進すべく努力中であるが、会社の目的たる事業がタクシー営業である以上、資本金が金二万三千円では到底やつて行けないため、本件増加が不可欠の要請となつた。然るに原告は、代表取締役在任中監督官庁から増資の勧告をうけていたのに、それを握りつぶしていたうえ、本件増資についても極力反対している。これは本件増資の実現により被告会社の営業が健全に運営されていくことになれば、原告の従来の背信行為が明らかにされ、その責任を追求され、従前のように会社財産を勝手に動かすことも全くできなくなり、被告会社を第三者に売却して利益を得ようとする野望も達し得られなくなることを恐れたものに外ならない。

このように本件増資により原告は個人的に甚大な不利益を蒙るのであるから、原告は本件増資決議について特別の利害関係を有するものとして議決権の行使は排除されるものといわなければならない。

三、また前述のとおり本件増資は被告会社運営上不可欠の要請であり、監督官庁からも増資の勧告をうけていたこと、および現行有限会社法において、資本の最低額が十万円となつている点からみても、本件増資に反対する原告の議決権行使は権利の濫用として無効というべきであり、本件増資決議取消の訴も権利の濫用として許されない。

と述べ、

原告訴訟代理人は、被告会社の抗弁に対し、

一、被告訴訟代理人は増資の効力が既に発生したのであるから、増資無効の訴によらない限り、もはや決議取消を訴求し得ない、と主張するが、有限会社の資本増加決議の取消の訴と右決議に基く増資無効の訴とは併合し得るものであり、決議取消の判決が確定すれば増資も当然無効となるのであるから、増資の効力が発生した後においても、決議取消の訴がその利益を失うことはない。仮に、被告主張のとおりであるとしても、増資決議取消の訴は、本件増資の効力が発生する前に提起されたものであつて、右訴には増資の効力が発生した場合における増資無効の請求が当然に包含されているものであり、増資の効力発生後は当然増資無効の訴に変形してゆくものであるから本件資本増加が無効であることの確認を求める。

二、次に、原告が利害関係人として議決権の行使を排除されるとの抗弁事実中、被告会社の目的がタクシー営業であること、被告会社の設立当初、原告が代表取締役に就任したこと、被告主張のように被告会社社員から裁判所に対し、社員総会招集許可申請がなされ、その結果開かれた社員総会において代表取締役が訴外大木文男に交替されたこと、被告主張のような訴訟が係属中であることは認めるがその余の事実は否認する。

仮に被告主張どおりの事実があつたとしても、右事実を以つて原告が本件決議につき特別の利害関係を有するものということはできない。

三、また原告の議決権行使が権利の濫用として無効であり、本件決議取消の訴も権利濫用で許されないとの主張も理由がない。即ち、被告会社は昭和十六年一月八日設立されたものであるが、その際各社員は全く出資義務を履行せず、被告会社を顧みなかつたので、原告はそれまで個人営業のために使用していた自動車などを使用し、原告自身の計算において被告会社の名義をもつて昭和三十三年十月までタクシー業を営んで来た。ところが社員大木文男らは被告会社の登記が存続しているのを奇貨として、昭和三十三年八月二十五日裁判所から社員総会招集許可決定を得、名義上社員であるものを招集して被告会社の社員総会を開催し、大木文男を代表取締役に選任したうえ、現物出資を金銭出資に切替えたと称して原告に払込みを請求して来たので、原告はやむなく昭和三十四年七月十八日原告の被告会社に対する出資額に相当する金員を被告会社に払込んだ。このような事情にあるから、原告が本件(イ)の決議に反対しても権利の濫用ということはできないし、却つて大木らによつて為された右増資の決議は信義に反するものである。

と述べた。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証を提出し、証人須郷軍二の証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第六、第七号証、第八号証の一、二、第九、第十号証、第十四、第十五号証、第十七号証、第十九号証、第二十三号証の各成立を認め、乙第二号証の成立を否認し、その余の乙号各証の成立は不知と述べ、被告訴訟代理人は、乙第一乃至第七号証、第八号証の一、二、第九、第十号証、第十一号証の一、二、第十二乃至第十九号証、第二十、第二十一号証の各一乃至三、第二十二、第二十三号証を提出し、証人芳賀八郎、中根定志、大野勝、大槻勝蔵、西条繁雄、青田嘉一郎の各証言、被告代表者大木次男の尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、(昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の決議取消の訴について)

被告会社が、昭和三十四年七月二十三日角田市角田字町二百五十二番地大木文男方において、臨時社員総会を開催し、同会社の資本金を金四十七万円増加して、資本の総額を金五十万円とすること、その資本増加方法及び失権口数の引受等に関する事項は取締役会に一任すること、資本増加に伴い定款の一部を改正すること、とする決議をしたこと。当時、被告会社の資本は金二万三千円、出資一口の金額は金百円であり、議決権の個数は二百三十個であり、原告はその中少くとも九十二個の議決権を有していたこと、原告は、前記決議に同意しなかつたことは当事者間に争いがない。

有限会社に於ける資本の増加は定款の変更を伴う場合であり、有限会社法第四十八条の特別決議を要するのであつて、被告会社の右増資の決議は少くとも五十八個の議決権の反対があればこれを為し得ないわけである。然らば前記決議は、特別決議の定足数を欠くものであるから取消を免れないものと言わなければならない。

被告訴訟代理人は、原告は右決議の特別利害関係人であつて、議決権は排除さるべきであり、右決議は原告以外の全社員の同意によつて為されたから、特別決議の要件を欠くものではないと抗弁するが、仮に、特別利害関係あることの事由として被告が主張するような事実が認められるとしても、これをもつて原告が右増資決議につき特別利害関係があるものと謂うことを得ないこと論を待たないから、右抗弁は採用しない。

次に被告訴訟代理人は、原告が右決議に反対の議決権を行使することは権利の濫用として許されない旨主張するけれど、仮に権利濫用の事由として、被告が主張するような事実があつたとしても社員は増資に同意するか否かを自由に決する権利を失うものでなく、増資に反対することは権利の濫用ということができないこと明かであるから右主張は理由がない。

被告訴訟代理人は、増資が効力を生じた後は、増資無効の訴をもつて増資の効力を取消すべきであり、増資の決議を取り消しても当然に増資の効力は消失しないから増資決議取消の訴は、訴の利益を欠くと主張するから按ずるに、被告会社が前記増資の決議に基き増資を実施し、昭和三十四年八月八日増資の登記を経由したことについては当事者間に争いがない。しかし、社員総会の決議は定足数を欠いても判決によつて取消されない限り有効であり、従つて有効な決議に基いてなされた増資も亦有効といわなければならないから、増資無効の訴を維持するためにも、増資の決議取消の判決を受ける必要がある。よつて右主張は採用できない。

二、(増資無効の訴について)

被告訴訟代理人は、原告の増資無効の訴は増資の登記手続完了後六ケ月を経過して為されたものであるから、出訴期間を徒過していると主張するけれど、原告は昭和三十四年八月六日定足数を欠くことを理由として昭和三十四年七月二十三日の臨時社員総会の増資決議取消の訴を当裁判所に提起したことは記録上明かであり、右訴提起後である昭和三十四年八月八日増資の登記がなされたことは前記認定の通りである。そして右増資決議取消の訴は右決議に基く増資を阻止することを目的として提起せられているのであり、将来増資の登記がなされた場合、当然増資無効の訴が提起せらるべきことは予期せられるところであるから、有限会社法第五十六条所定の増資無効の訴の出訴期間に関しては既に出訴ありたるものと同様に解すべく何時にても訴を拡張して増資決議取消を理由とする増資無効の訴を提起出来るものであり、登記後六ケ月を経過した後に右訴の拡張がなされても適法であると解するを相当とする。よつて、本件増資無効の訴は適法である。そして、前叙のように本件増資決議取消の訴は理由があり、これを認容すべきであるから、右決議に基いてなされた増資を無効とすべきことは、論をまたないところである。よつて原告の増資無効の訴は理由がある。

三、(昭和三十五年二月十九日の臨時社員総会の決議取消の訴について)

昭和三十五年二月十九日仙台市片平丁七十九番地の八佐藤政治郎方で開かれた被告会社の臨時社員総会において定款の一部変更の決議が為されたことは当事者間に争いない。

そして昭和三十四年八月八日被告会社の資本が金五十万円に増資の登記がなされたこと、出資一口の金額は金百円であることは前認定のとおりである。

原告訴訟代理人は、右増資は無効であるから、右決議当時の資本は金二万三千円であり、出資の口数は二百三十口であると主張するけれども、たとえ増資が違法であつても、増資の登記が完了した以上増資の効力が発生し、増資を無効とする判決が確定するまで有効であり、確定判決により増資は将来に向つてのみその効力を失うものであることは有限会社法第五十三条ノ二、第五十六条第三項、商法第二百八十条ノ十七第一項の規定により明かであり、前記増資を無効とする判決は未だ確定していないから、右決議がなされた昭和三十五年二月十九日当時の被告会社の資本は、金五十万円で出資口数は五千口であると言わなければならない。

被告会社代表者大木文男本人尋問の結果及び右尋問の結果により真正に成立したことを認める乙第十八号証によれば、右臨時社員総会において出席社員二名、その出資口数三千九百八十一口、委任状一通その出資口数千十九口、合計五千口のうち、九十二口を有する原告が反対したのみで、四千九百十八口の同意により定款変更の決議がなされたことを認めることができるから、右決議は有効である。

よつて右決議の取消を求める原告の請求は失当である。

四、よつて原告の本訴請求中、昭和三十四年七月二十三日行つた臨時社員総会の決議の取消、並びに増資の無効の訴は理由があるからこれを認容すべく、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 小林謙助 矢部紀子)

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